[PR] 投資 時代激麻呂: 旧石器遺跡捏造 (文春新書)

2008年08月04日

旧石器遺跡捏造 (文春新書)






旧石器遺跡捏造 (文春新書)
 松井氏の著書(別レビュー参照)で、「(今の考古学界は)手際よく発掘をこなせる能力だけが重視され、このような分析を生かすことのできる職はほとんどない」という文を読んで、ふと思い浮かんだのが本書。

 2000年に発覚し、考古学界はもとより日本全国を震撼された旧石器遺跡捏造事件……本書は、どうして専門的知識をもった考古学者たちが、お粗末と言っていいほどの藤村氏の捏造を見抜くことが出来なかったのか、その疑問をかつては藤村氏を発掘者として絶賛したこともある著者が反省の意味も込めて分析したものである。

 本書を読んでいると、藤村氏の捏造方法は非常にお粗末なもので、科学的分析を用いればすぐに不自然な点が数多く浮かび上がるという程度のものだった。それにも関わらず、捏造を見抜けなかった考古学界を無能として切り捨てるのは簡単であろう。だが、そう結論付けたところで果たしてこの事件は全て解決されるものなのだろうか。
 「なぜ、見抜けなかったのか」
 その問いに著者は、藤村氏の「発掘」によって自らの学説を証明できた多くの研究者や、熱狂的に藤村氏を報じたメディアの存在を指摘している。その影では、早くから遺跡に対して疑問を投げかける声があったにも関わらず、その声はかき消された。恐らく、毎日新聞が捏造報道をスクープするためでは、藤村新一という存在に対して、たとえ合理的であっとしても批判することは許されないという「空気」が出来上がっていたのだろう。

 「空気」に流された者を「無能」と切り捨てることは簡単であろう。だが、それではコトの本質的な解決には繋がらない。例え手段がお粗末であったとしても、例え専門的知識を持っていたとしても、「空気」に飲まれてしまえば合理的な判断を失う。我々の誰もがいつ「空気」に飲まれても可笑しくはない。そんな危険性を本書は指摘してくれている。私も歴史を学ぶ身として、本書は警告の書として位置づけたい。


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posted by もちべー at 15:32| Comment(0) | 旧石器時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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